東京地方裁判所 昭和55年(ヨ)2314号 決定 1981年7月08日
申請人 長谷川功
右訴訟代理人弁護士 坂本福子
同 野口善國
被申請人 社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会
右代表者理事長 櫻井安右衛門
右訴訟代理人弁護士 横大路俊一
主文
一 申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 被申請人は申請人に対し、昭和五五年八月以降本案訴訟の第一審判決言渡しに至るまで毎月二一日限り金一〇万円を仮に支払え。
三 申請人のその余の申請を却下する。
四 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
一 本件仮処分申請の趣旨及びその理由は、別紙一のとおりであり、これに対する被申請人の答弁及び主張は、別紙二のとおりである。
二 当事者間に争いのない事実及び本件疎明によれば、次の事実が一応認められる。
1 被申請人は、身体障害者特に失明者の福祉増進、障害防止を図るため、更生相談所及び点字図書館の設置、点字出版、あん摩マッサージ指圧師などの養成施設の経営などの福祉事業を行うことを目的として昭和二五年四月に設立され、当初は財団法人東日本ヘレン・ケラー財団と称していたが、社会福祉事業法の施行に伴い、同二七年五月社会福祉法人に組織変更すると共に現在の名称に改められたものである。
2 被申請人の組織として、ヘレン・ケラー学院(あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師の養成を行う。以下学院という。)、点字図書館、点字出版局、総務部の各部門に分かれており、昭和五五年七月当時、学院は学院長以下一七名、点字図書館は館長以下六名、点字出版局は局長以下二二名、総務部は三名の職員で構成されており、出版局においては満年令五八才をもってする定年制が施行されているが、その他の部門においては、他の事業所(特に毎日新聞社が多い。)を定年退職した者が多いことなどから定年制は施行されておらず、同年七月当時、七〇才を超える職員も勤務しており、また、右各部門においては職員は満七〇才に達したことをもって退職するとの慣行も存在しなかった。
3 申請人は、昭和四〇年七月に毎日新聞社を定年退職後、同年九月、被申請人の職員となり、同五二年四月からは点字図書館長に就任し、学院部門の指導課長も兼務していた。
4 被申請人においては給与は毎月二〇日締めの二一日払いであり 申請人は昭和五五年七月当時、月一七万円の給与の支給を受けていた。
5 申請人は、昭和五五年六月一二日、被申請人理事長から「六月いっぱいでやめ、教職について嘱託になってもらいたい。」との言渡しを受けた。申請人はこれを拒否したところ、同月二四日に同理事長から再度「七〇才になるから七月末日でやめてくれ。」と言われた。申請人はこれをも拒否していたが、同七月三一日に同理事長から解雇を通告され、「業務の都合により本協会職員を免ずる。」と記載された辞令を付与された。
以上の事実が一応認められる。
三 右事実によると、被申請人は申請人に対して、申請人が七〇才に達することを理由として解雇の通告をしたものと認められるところ、被申請人の学院及び点字図書館部門においては定年制が施行されておらず、また、七〇才に達したことをもって退職する旨の慣行も存在していないことは前記のとおりであるから、本件解雇は合理的理由のないものと言わざるをえない。
なお、被申請人は本件解雇の付加的理由として、申請人は管理職の職務に不適当であったとして、理事会等に殆ど出席せず、当時の学院長(昭和五二年四月以降は申請外西山隆夫であり、同人は昭和五五年七月三一日付で退職している。)と著しく対立し、ために、昭和五四、五五年度のあんまマッサージ指圧師、はり師、きゆう師の国家試験において、学院の生徒中不合格者が例年になく多かった等の主張をしているが、一件疎明によるもこれらの主張に関して、本件解雇を合理的に根拠づける程の具体的事情の存在は未だ疎明されていないものと認められるから、いずれにしても、本件解雇は解雇権の濫用であり無効であると考えられる。
四 したがって、申請人は昭和五五年八月以降の給与の支払を受ける権利を有するところ、申請人は解雇当時、毎月二一日払いで月額一七万円の給与の支給を受けていたことは前記のとおりである。
五 以上のとおりであるから、申請人の被保全権利はいずれも疎明されているところ、本件疎明によれば、申請人は被申請人から支給される給与と厚生年金(年額一五四万四七〇〇円、一か月当り一二万八七二五円)によって夫婦二人の生計をたてているものであることが一応認められるところ、申請人に対し、昭和五五年八月以降一か月につき一〇万円の限度で賃金の仮払いを命ずる緊急の必要性があるものと考えられる。
六 よって、申請人の本件仮処分申請を、保証を立てさせずに、主文の限度で認容することとし、その余は却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 赤西芳文)
<以下省略>